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「ガラスの入江」の秘密の秘密

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せいぜい数ヶ月で聴き捨てられるのが流行歌の宿命ですが、大瀧詠一がそういった一切を忖度せずに - ついでに予算も忖度せずに - 全力を注いだのがアルバム『風立ちぬ』でした。それは松本隆も同様で、とても流行歌とは思えないほどに磨かれた歌詞を提供しています。

例えば、2曲目の「ガラスの入江」は、最小の語数に最大の情報が詰め込まれていて、まさに一編の短編映画を見るかのよう。野暮を承知で説明します。

この曲はまず控えめなギターの和音と聖子ちゃんのモノローグで始まります。こういったヴァースから始まる(古くさい形式の)曲は’80年代でも珍しかったと思いますが、聖子ソングには他にも「瞳はダイアモンド」や「天使のウインク」がありますね。ハモンドオルガンの短い序奏のあと本編に入ります。

 

♪ 晴れた空を映した小さな入江 裸足になればまだ切れるほど冷たい♪

 

季節は春、青い水を湛えた海岸、彼女は愚かなことと知りつつ裸足になって水に入ってみる。なぜでしょうか?

 

♪あの日彼のバイクの後ろに乗って 夕陽探しに来た秘密の場所♪

 

<回想シーン> 夕陽が見たいわ、とおねだりしてここへ連れてきてもらったのです。大瀧詠一『A LONG VACATION』の「雨のウェンズデイ」、♪海が見たいわって言い出したのは君の方さ♪という歌詞を思い出してください。秘密は次で明らかになります。

 

♪濡れた岩に刻まれたイニシャルが 過ぎた時を呼び戻す♪

 

<現在に戻って> イニシャルを刻んだ岩の場所は二人だけの秘密ですが、無事に見つけることができました。まだ切れるほど冷たい水に入った理由はこれです。

 

♪ブレスレット外して砂に埋めても 手首の白さだけ消えないのね♪

 

直接的には、彼と過ごした夏の想い出(=ブレスレット)を砂に埋めて忘れようとしても日焼けの跡のようにまだ消えないという意味ですが、逆にとれば、日焼けの跡はいつか薄れて消えてしまうけれど、想い出だけはどうか消えないでほしい、とも読めます。♪好きだったのほんとよ 忘れないで♪というヴァースの歌詞がここで効いてきます。

 

♪砂に褪せた小舟の縁に座って 想い出に向かって小石投げる♪

 

砂浜に打ち捨てられて朽ちた小舟=もう二人を乗せることはないバイク、ですね。しかし、"砂に褪せた"とか、"想い出に向かって小石投げる"とか、なんと美しい言い回しでしょうか。ポエム親父はこういうのに弱いのです。

 

♪ガラスの入江はひき潮の時間 ほんの少しだけ涙も流したの♪

 

ひき潮のときにだけ近付けるイニシャルを刻んだ岩が、満ち潮になると水に隠れてしまうように、想い出はガラスみたいに脆くなっていて、もうすぐ涙も流れなくなることを暗示しているようです。

 

ポイントを見て来ましたが、どうでしょう。極めて技巧的なのに技巧臭が鼻につかず、ただ字面を追うだけで情景が目に浮かびます。松本隆といえども、いつもこんな風に書ける訳ではありませんでした。私はこれを聖子ソングに提供された歌詞の最高傑作のひとつと見ています。

 

 しかし、これだけでは終われません。最後の♪ひき潮♪という言葉から何かを思い出しませんか? そう、ファーストアルバム『SQUALL』に収められた潮騒はこんな歌詞です。

♪愛は水辺に映る夢ね

 砂を指で握り流す

 人は美しい明日を待っているの

 Dreaming tonight

 過ぎた時の流れたどり

 一人訪れてみたの

 波が寄せるたびに

 あなた想い出すの♪

(作詞 三浦徳子

ご覧のとおり、「ガラスの入江」は「潮騒」の本歌取りアンサーソングです。なぜそうなのかというと、4thアルバム『風立ちぬ』から松本隆が全面的に作詞を担当するようになったからでしょう。当時はインターネットも無く、アルバム曲の歌詞を知っているのはアルバムを買ったファンだけでした。松本隆は、そういった筋金入りのファンだけが分かるように、僕も『SQUALL』を持ってるよ、三浦徳子さんをリスペクトしているよ、君たちと同じ古参のファンだよ、だからよろしくね、という挨拶を送ったのだろうと思います。粋ですねえ。

 

<追記>

原稿を下書き保存したはずなのに、いつのまにか公開されていました。ボタンを間違えたみたいです。気になったところを少し修正しました。

 

<追記2>

夕陽を探すという表現がずっと引っかかっていて、今日の帰り道にふと気づいたのですが、都会ではビルに阻まれて綺麗な夕陽が見えないのです。建物の隙間から射(刺)して来る夕陽は容赦なく暑いだけ。夕陽を探さなければならないとすれば、おそらく主人公二人が都会に暮らしていたからではないでしょうか。

 

<追記3>

太田裕美 湘南アフタヌーン 歌詞 - 歌ネット

 記事を書いてからずっと後になってこの歌を見つけました。太田裕美のアルバム『12ページの詩集』(1976年)の松本隆作詞「湘南アフタヌーン」です。冬の海で過ぎた夏の恋をしのぶ系の内容ですが、その中に注目すべき二箇所。

♪白ペンキめくれたボートが 焦げた夏 名残らせていた♪

♪ひざまでの波のつめたさ♪

 

 

 

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