LS3/5Aについて

BBCモニターLS3/5Aで聴こう

「風立ちぬ」の二十分の九

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 ノスタルジーで手に入れたLS3/5Aで一体何を聴いているのかというと、聖子ちゃん。そう、今年でデビュー41周年を迎えた松田聖子こそ、発売45周年のLS3/5Aで聴くのにふさわしい歌手と言えます。

今の季節には「青い珊瑚礁」や「夏の扉」や「白いパラソル」がぴったりですが、一足早く「風立ちぬ」を聴いています。なぜかというと、図書館で『ナイアガラに愛をこめて〜大瀧詠一ルーツ探訪の旅』(木村ユタカ著)という本を借りてしまったから。副題に"ルーツ探訪"とあるように、大瀧詠一が自作に引用した'50〜'60年代ヒットソングを探ろうという趣向で、その中に松田聖子への提供曲「風立ちぬ」が取り上げられているのです。

 楽曲の中に引用を見つけるとすぐに"パクリ"だと責め立てる人がいますが、それはJASRACに毒されすぎというものでしょう。内田樹はこのように書いています。

音楽の世界では大瀧詠一師匠がこの「本歌取り」の大家であることはご案内の通り。
なぜ「ナイアガラー」という熱狂的で忠実なオーディエンスが大瀧師匠の場合に発生するかというと、この「本歌」のヒントを師匠は実にさりげなく楽節の隙間にさしはさむからである。
あ、このフレーズは「あの曲の、あそこ!」ということに気づいたナイアガラーは、これを発見したのは世界でオレ一人だ。このコールサインは師匠と私の間だけに結ばれた、余人の入り込むことのできない「ホットライン」なんだ・・・という陶酔感に深く久しく酔い痴れることが許される。
このような快感を組織的に提供してくれるミュージシャンは師匠の他にはいない。
師匠の「日本ポップス伝」は言い換えれば「本歌取りの歴史」である。
あらゆる作品は(音楽であれ文学であれ)、その「先行項」を有している。
その先行項をどこまで遡及し、どこまで「祖先」のリストを長いものにすることができるか。
読者が作品を享受することで得られる快楽は、ひとえにそこにかかっている。
リストが長いものになればなるほど、その作品は読者との親しみを深める。 

内田樹の研究室「X氏の生活と意見」から引用。次のリンクから全文をお読みください。http://blog.tatsuru.com/2008/05/19_1253.html 

逆に言えば、先行項を有さない作品は読者や聴者に喜びを与えられないということです。極端な話、今までに無い全く新しいメロディ(音の並び)はサイコロを振って簡単に作れますが、ほとんどの人(ごく一部のクラヲタを除く)にとっては雑音にしか聴こえないはずです。過去に作られたメロディに似ているからこそ、新しく作られた音の列もメロディとして認識できるのだし、心に響くわけです。

何の話をしていたかといえば「風立ちぬ」でした。大瀧詠一は20曲が集まらないうちは作曲しないと豪語していましたから、当然「風立ちぬ」にも20曲の先行作品があるはずです。私はナイアガラーではなく、オールディーズにも無知ですが、ありがたいことに先達がネット上に残した情報を拝借することができます。順番に見て行きましょう。(前掲書『ナイアガラに愛をこめて〜大瀧詠一ルーツ探訪の旅』に紹介されているのは1, 2, 4, 5)

 

1. Diane Renay - "Kiss Me Sailor"

この曲のイントロの女声コーラスをストリングスにすれば「風立ちぬ」のイントロに。 

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2. Jimmy Clanton - "Venus In Blue Jeans"

この曲のAメロの後半が「風立ちぬ」のサビの後半、♪今日から私は〜♪に対応します。Wikipediaをはじめ、これが元ネタとされることが多いです。

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 ♪今日から私は〜♪

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3. Shelley Fabares - "Johnny Loves Me"

これも「風立ちぬ」のサビの後半に対応します。動画を埋め込み再生できないので、次のリンクからYouTubeでご覧ください。

https://youtu.be/OGiHpRAlihU?t=14

 

 

4. Diane Renay - "Navy Blue"

 この曲のAメロ前半が「風立ちぬ」のサビの対旋律に採用されています。

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 次の「風立ちぬ」の-0:13からのストリングスを上の"Navy Blue"の出だしと比べてみてください。

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5. Shelley Fabares - "Big Star"

 このAメロが「風立ちぬ」の♪涙顔見せたくなくて〜♪に対応します。

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 ♪涙顔見せたくなくて〜♪

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6. Frankie Avalon - "Vinus"

このイントロの女声コーラスをお聴きください。

 

 

 「風立ちぬ」の1:22辺りに採用されています。

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7. Shelley Fabares - "Telephone (Won't You Ring)

この曲の1:31辺りの伴奏の三連符アレンジをお聴きください。

(動画を埋め込み再生できないので、次のリンクからYouTubeでご覧ください)

https://www.youtube.com/watch?v=DP_Av9wqsj8&t=91s

 

風立ちぬ」の3:47辺りに登場します。

youtu.be

 

先出のJimmy Clanton - "Venus In Blue Jeans"の1:59にも同様の三連符アレンジがあります。こちらの方がより近いかも。

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8. Billy Vaughn - "Look for A Star"

イントロのピチカートをお聴きください。

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風立ちぬ」の0:46からのチェンバロの音形ですね。先に挙げた"Big Star"に"Look for a Star"を絡ませるというアイデアでしょうか。素晴らしい!

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9. 都はるみ - "涙の連絡船"

♪汽笛が、汽笛が、汽笛が〜♪と三回繰り返すところ。
(動画を埋め込み再生できないので、次のリンクからYouTubeでご覧ください)

https://youtu.be/0gs2grqABVo?t=59

 

もちろん、サビ前の SAYONARA X 3 です。

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ここまででまだ9曲なので、少なくともあと11曲はあるはずです。例えば、この弦の刻みなど、どこかに先行例が埋れていそうです(作者が亡くなってしまったため、正解は永久に不明)。ご存知の方はコメント欄にお知らせいただけると嬉しいです。

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 真偽のほどはわかりませんが、「風立ちぬ」を聴いた外国のオールディーズマニアがビックリしたとか。それはそうでしょう。極東から伝来した一曲の中に20曲ものナツメロが詰め込まれていたのですから。しかし、当時「風立ちぬ」を聴いていたリスナーの99%以上はそんなことは全く知らずに楽しんでいたということ、これが一番重要なポイントです。2、3ヶ月で聴き捨てられる消費音楽にこれだけ凝った作り込みをした大瀧詠一も凄いですが、その大瀧詠一をやる気にさせた松田聖子も凄かったと言えましょう。何しろ大瀧詠一「これは歌が上手い、と思った人は誰ですか?」と問われて松田聖子に会ったときは面白かった」と答えたぐらいですから。何が面白かったかというと、アルバム『風立ちぬ』のプロデューサー若松宗雄(W)のインタビュー記事にこんな逸話が登場します。(Mはインタビューア)

W いや。まずはシングルの『風立ちぬ』をお願いして。少しずつ他の曲も完成していきました。でも大滝さんのレコーディングスタイルは独特で今までとやり方が違ったので、当初聖子も戸惑ってしまい。

M というと?

W 通常は簡単なアレンジを入れたデモテープが用意されているのですが、大滝さんの場合は何もなくて。スタジオでいきなり大滝さんがピアノを弾き始めて、それに合わせて聖子がその場で歌いながらメロディを覚えていくんです。ただ、途中で曲がどんどん変わっていくし、聖子が間違うと、「それもいいねぇ」と言いながら変えていく。なので、聖子も最初は混乱してね。でも次のレコーディングでは切り替えて、笑顔で歌い始めて。

M それはきっとアーティスト対アーティストの作り方だったんでしょうね。聖子さんの音域や声の響きを考えながら作るから、時間がかかるというよりは、時間をかけて贅沢に作られた楽曲だったんですね。

W はい。聖子のすごいところは、そういうときもパッと切り替えて明るく順応できてしまうところ。そのときも、笑顔で歌いながら一瞬ちらりと私を見るので、私も「がんばれ!」と目で合図を送ったりしてね。

(コラム:松田聖子の80年代伝説Vol.5 松本隆大滝詠一との出会いが、ポップス史に残る名盤を生んだ4thアルバム『風立ちぬ』〜前編〜 https://ginzamag.com/column/seikomatsuda-80s-05/ )

 

シングルヒット「風立ちぬ」を含む松田聖子のアルバム『風立ちぬ』のA面5曲が、大瀧詠一自身の大ヒットアルバム『A LONG VACATON』中の5曲とペアになっていることはWikipediaに書かれるなどして良く知られています。風立ちぬ (松田聖子のアルバム) - Wikipedia
風立ちぬ」とペアになる曲は「カナリア諸島にて」と本人が解説していますが、それは作曲面での話。歌詞で見れば「君は天然色」だろうと思います。内容が作詞者松本隆の妹の死に密接に関係しているからです。君は天然色 - Wikipedia 
風立ちぬ」は、よくある恋人との別れ話ではありません。頭サビの後、平歌の冒頭に置かれた ♪涙顔 見せたくなくて♪ は、♪もう泣くなよ♪ という♪あなた♪の言葉を回想して生まれた気持ちであり、この別れが止むを得ない事情によるものと分かります。特に二番の♪草の葉に口づけて 忘れたい 忘れない あなたの笑顔♪の箇所は、ホイットマンの詩集『草の葉』に加えて、嫌でも「草葉の陰」という言葉を想起させます。「風立ちぬ」が秘められたレクイエムだと考えれば(堀辰雄の小説を思い出してください)、同名アルバムのジャケットを飾る松田聖子のフードを被った特異な写真の意味も理解できるのではないでしょうか。

artsandculture.google.com

表面的に見れば松田聖子はただのアイドル歌手であり、「風立ちぬ」はただのヒット曲にすぎず、LS3/5Aはちっぽけな古ぼけたスピーカーですが、いずれも時代を超えて(昭和→平成→令和)支持されている、その理由の一端がちらりと見えたような気がしました。

 

<追記>

W そうかぁ、なるほど。聖子の『風立ちぬ』のときも大勢のミュージシャンがいましたよ、スタジオに。

M クレジットを見るとギターだけで一体何人いるのかと(笑)。コーラスも生の声で何重にも。ちなみに『風立ちぬ』では最後のサビの直前に大滝さんのファルセットが聞こえます。クレジットはないけど大滝さんが言及されていて。

(コラム:大滝詠一80年代伝説<前編> 唯一無二のナイアガラ・サウンドで革命をもたらした 『A LONG VACATION』と松田聖子の『風立ちぬ』 https://ginzamag.com/column/seikomatsuda-80s-sp1/ )

 大瀧さんのファルセット

youtu.be

 

<追記2>

風立ちぬ」を大瀧詠一とレコーディングしたときの様子を聖子ちゃんが語っています。ワンコーラスだけ流されるデモ版の録音は、譜割りやアレンジが完成版とは違うところがあって、貴重な記録です。

youtu.be

 

<追記3>

こちらのブログ記事によると「風立ちぬ」の譜割りは、最初はレコードとは違っていたようです。ブログ主のLULLABY 80'sさんは、YouTubeに大量の聖子動画をUPしてくださっている方で、感謝の言葉しかありません。

ameblo.jp

<追記4>

「スピーチ・バルーン」の歌い出しが 4に挙げた「Navy Blue」の歌い出しの引用だとすると、「風立ちぬ」の裏メロディは「スピーチ・バルーン」ということになります。つまり、♪風立ちぬ 今は秋♪と♪細い影は人文字♪を同時に歌うことができるという訳です。

youtu.be

カラオケだと、ストリングスが「Navy Blue」=「スピーチ・バルーン」を奏でるのがよく分かります。0:12〜

風立ちぬ (オリジナル・カラオケ) - Original Karaoke - song by Seiko Matsuda | Spotify
open.spotify.com

 <追記5>

www.youtube.com

ポール・マッカートニーが、J.S.バッハリュート組曲第1番「ブーレ」から「ブラックバード」が生まれたことを披露している動画を教えていただきました。(こういうのを見ると、どうせ後付けの話でしょうと言う人がいますが、順番はどうでもいいことです。)

 

<追記6>

ナイアガラーのれんたろうさんが、上に挙げた「風立ちぬ」動画 0:31からの弦の刻みの元ネタはシュレルズの「 Will You Still Love Me Tomorrow 」だよと教えてくださいました。詳しくは次のブログをご覧ください。情報量と分析の凄さに、ただただ圧倒されるばかりです。

ameblo.jp

 

さらに、SAYONARA三連発はこの大瀧詠一作曲「星空のプレリュード」の1:22〜、♪ををを〜♪の裏のコーラス部分を転用したものとのことです。

youtu.be

ナイアガラーでなければ、こういった曲を見つけることはほとんど不可能ですね。
れんたろうさん、正解を教えていただきまして、本当にありがとうございました。

 

<謝辞>

このような記事を書けるのもYouTubeに貴重な動画をUPしてくださった方々のおかげです。感謝申し上げます。

なお、このように簡単にリンクを張って関係性を作れることこそインターネットの本質だと個人的には考えていますので、リンクを張る際にご本人の許諾を得ることは致しておりません。もしお気に障るようでしたら削除させていただきますので、コメント欄にお知らせくださるようお願い致します。